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朴正煕大統領は

朴正煕大統領は事件直後、駐韓アメリカ大使に「北の奴等が私を殺しにきた」「北を攻撃しなければならない。二日で平壌まで進める!」と、憤りをあらわにした。襲撃未遂事件を北朝鮮が謝罪しない場合は、報復攻撃を行うべきとの書簡をアメリカのリンドン・B・ジョンソン大統領に送った。

ところが、直後の1月23日にプエブロ号事件が発生する。アメリカは報復の為に空母を派遣するが、すでにベトナム戦争を戦っている中で新たに朝鮮半島で軍事行動を起こす余力が無く、また北朝鮮と同盟していたソビエト連邦と直接戦争に至る可能性を考慮して、ジョンソンは外交交渉を選んだ。アメリカの援助を受けられないと知った朴大統領は軍の北進を断念した。

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しかしやられて黙って引き下がる朴正煕ではなかった。「われわれは日夜、このようにやられてばかりいるのか。何か方法はないのか。報復する方法が」。政権内部での発言力を強めたかった中央情報部の金炯旭部長が金日成暗殺部隊の創設を決意した。

朴政権は事件の報復としての北進をアメリカに断られた為、自らもゲリラを使って、北朝鮮主席宮爆破と金日成を暗殺する計画を秘密裏に進め、1968年4月に専属の特殊部隊である空軍2325戦隊209派遣隊(通称684部隊 コードネームは編成年月の“68年4月”から)を創設した。北と同じ31名の隊員からなる部隊は、仁川(インチョン)近くの実尾島(シルミド)で訓練を重ね、北への侵入・金日成殺害の日を待った。

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2009年09月29日 01:01に投稿されたエントリーのページです。

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