両立主義
また別の哲学者は、決定論と自由意志は両立可能であると考えた。これは両立主義(りょうりつしゅぎ)とよばれる考え方である。多くの両立主義者にとって、自由であることは、「その個人が意志したとおりの行為をなしうる」ということを意味する。この立場は両立主義の典型である。
ホッブズのような両立主義者は一般に、人が行為を意志しその人が意志したならば別様に行為することが(仮言的に)できただろう場合にのみ、人は自由に行為する、と主張する。彼らはしばしば、強姦、殺人、強盗、等々といった誰かの自由意志が否定される明快な事態を指摘する。この事態のカギは、過去が未来を決定しないという点にでなく、侵害者が犠牲者固有の行為についての欲求や選好を無視するという点にある。侵害者は、犠牲者の意志に反する行為を強いる。決定論は問題でなく、我々の選択が我々自身の欲求や選好の結果であり、いかなる外的な力によって(あるいは内的な力によってですら)も無視されない、ということが重要なのである。
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両立主義は、決定論が自由意志と両立可能だと主張する。トマス・ホッブズのような古典的な両立主義者によってよく採用される論拠は次のようなものである。個人が自由に行動すると言えるのは、その個人が何かを意欲し、かつ仮にそのように決意しなかったならば別様にも行動できたはずだというときに限られる。ホッブズは、このような決定論と両立可能な自由を、意志という抽象的な観念ではなく個人に帰すこともあり、例えば次のように述べている。